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  1. ~親切丁寧の巻~

    Vol.25
    2018年03月24日

    今日は富山県へ。

    妹の運転で通い始めた病院は 親切、丁寧だ。



    流れがあり色々なことが重なり巡り巡って現実になる。



    縁があり 出逢い その繋がりを紡いでいく。



    眼科の主治医は、いつも 親切 丁寧。

    きめ細やかな対応で 穏やかな雰囲気を持つ とても安心できる存在だ。



    視力検査の結果も 『数字は気にしないで その日の体調もあるから 大丈夫ですよ』とアドバイスをくれる。



    やはり 患者の立場になり対応できるって なかなかできそうで 出来ない。



    そんなひとを目の当たりにして じぶんに当てはめる。




    全ては じぶん次第なんだよね。



    いつも 相手の立場になり 言動できれば まわりが嬉しくなる。



    関わる存在に感謝しながら

    じぶんらしさを発揮して まわりを喜ばせてあげよう!



    許してくれる 支えてくれる 施してくれる その環境は 当たり前じゃない。



    いつも笑顔でいてくれて

    いつも元気でいてくれて

    いつも守っていてくれる



    そんな存在に そんな環境に 感謝しないとね。



    今日も 与えられた全てに 関わってくれた人達に 感謝なのだ。



    キラキラはるみ

  2. ~悩める子羊へのメッセージ~

    『神を越えよ!仏を越えよ!積哲夫の言葉』

    この文面読んだ方がいい。

    理にかなってる。

    筋道とおってる。

    真相心理ついてる。

    特に お薦めは 生命について 59回配信。

    『やっぱり そうだったんだぁ~』

    信じる、信じないなんて じぶん勝手の思い込みだから とにかく 読んでみて

    積先生は やっぱり選ばれた存在だと つくづく思った。

    あんな凄い人と 出逢って 物凄く良くしてもらったら 何とかして 恩返ししないと!と 切実になった。

    やっぱり 積哲夫先生は 最高だぁ~

    やっぱり 積哲夫先生は カッコいいね!

    傲ることもなく ただ淡々とこなしている姿が 実に男らしくて 眩しい。

    やっぱり ほんものの光と繋がっている人なんだよね。

    夫が 積哲夫先生を気に入ってるのが解る。

    ほんものは ほんものしか繋がらないよね。

    やっぱり 理屈じゃないところで 感じるんだよね。

    神を越えよ仏を越えよ積哲夫の言葉

    https://www.godbrain.com/gb/shinlogy/magazine_2/

    聞き手の何田匡史さん 最高!

    頑張ってますね!  素晴らしい!

     

    皆様と出逢って ご縁を繋げていることが まさに 奇跡です。

    ありがとうございます。

    今日も 頑張って 出掛けるぞぉ~

  3. ~本能の赴くままにの巻~

    Vol.24
    2018年03月23日


    仕事を選ぶとき、気を付けていることは  飽きない 続けられるか。 今までは じぶんのやりたい仕事してなかったけど、島道鉱泉プロジェクトに関わり 本来のじぶんのやりたいことが見つかった。昔は 何のために仕事をしているのか?判らなかった。

    頼まれて断ることも出来ず ひとに振り回されてする仕事。お金を稼ぐだけの仕事。 二つ、三つ、掛け持ちで仕事をしたり 時間に追われ 気持ちにも余裕がなくなり お金がたくさんたまってくると アクシデントが起きて続けることが出来なくなる。

    そんなことしてるうちは、心も身体も満たされない。正直な気持ちで生きていないときは 報われないし 満足できない。そうすると冷静な判断ができなくなり妥協で仕事をしてしまい流されてしまう。

    基本 わたしは遊ばない、真面目じゃないんだけど遊ぶの嫌い。仕事大好き。遊び感覚で仕事をしてるから、改めて遊ぶために 時間作ることを考えないし、また考えるのがめんどう。

    たまに、真面目に仕事に取り組もうとか、がむしゃらにとか、一生懸命に仕事をしてみようと思うが かえってバランスが悪くなる。

    幼少期から、じぶんの身体が柔だから がむしゃら 一生懸命 張り切って 何かをするのを止めだんだ。肉体がついていかないから諦めたんだ。

    もっと目が見えてたら 気管支や肺が奇形じゃなかったら 息するのが苦しくなかったら、もっとチャレンジ出来ることがあっただろうけど、無謀なかけや無茶なことはしない。

    だからって、病気のせいにもしたくない。病気のせいにして開き直ったり、同情されたら じぶんが切なくなる。かといって、病気を隠すつもりもないし 無理して元気にしている訳でもない。

    病気になってしまったことや過去を振り返り嘆くより、今、これからどうするか具体的に期限を切り生きていったら夢に繋がり希望が見えてくる。

    6歳発病 余命宣告や失明宣告を受けたとき 嘆くまもなく治療に追われた。その治療しないと命がなくなるとか目が見えなくなると脅された気がした。

    その頃から じぶんのいく末を考えていた。じぶんの身体が柔だから 首から下を使えない。だったら、何をして生きていこうか?どうすれば長生きできるか?

    じぶん以外の人のためにいきればいいんだ!じぶんの感情なんてどんな風にでもコントロールできるからまわりのひとのために働けばいいんだ。

    そんな考えが 頭のなかでぐるぐると回転し じぶんが人生の帰路に立つ度にじぶんの中に現れていた。

    人のために働く。どうせするなら喜んで!そうしないとじぶんが納得しない。

    夢は『お見合いで結婚して、専業主婦になること』だった。いろいろな人と付き合い時間とお金を費やした。お金が絡むと人の本性が見えて とても勉強になった。

    はたして

    今の夢は何だろう?
    今の喜びは何だろう?
    今の嬉しいことって何だろう?
    今の幸せ感じるときって何だろう?

    今 じぶんの生きる意味って?
    今 じぶんの未来の方向性って?

    そういうことを常に考えてきたから 今のじぶんの置かれてる環境に繋がったんだ。選択肢が正しかったから 今の人たちに巡り逢えたんだ。

    思い描くビジョンを強くもち、そのビジョンに向かって一心に進む。計画をたて期限をつけて、一貫性をもち行動する。

    恐れることなく 迷うことなく 勇気を出し じぶんの気持ちに嘘をつかないで、じぶんの幸せのために真剣に向きあい行動する。

    これが 正しいと思っているときほど
    これが 相応しいと開き直ってるときほど
    これが 全てだ!と信じきってるときほど結果は 思い通りにはならない。

    思いが強すぎて 力が入り あとに引けないときほどうまくいかない。もしうまくいった、思い通りになってると勘違いしていたら、それはじぶんの力ではなく 完全にまわりのちからをかり結果をもらっただけ。

    本来 じぶんひとりだけなら なにもする気にならない。誰かがいるから その誰かと生きていくために 生きている。仕事してお金を稼いで、食べたり 寝たり 一日でも命を繋げるために、無意識で努力してる。

    ただ なんとなく なにげなく  何の気なしに 生きてる訳じゃない。やはり命が惜しいし 出来るなら長く生きたいと思う。そのために寝るし、食べるし、じぶんを大事にするように動いている。

    今日も
    本能の赴くままに
    本来の役割のままに
    じぶんの本心からのメッセージを 包み隠さず まわりに発信しよう。じぶんなりの言葉で じぶんなりの表現で

    今日も 与えられた 全ての環境に 感謝なのだ。

    キラキラはるみ

  4. ~悲しい別れの巻~

    Vol.23
    2018年03月22日


    21歳の秋 祖父が入院した。
    それまで家族は病院に縁がなかったので やはり病院慣れしているわたしが適任だとおだてられ、祖父の介護人はわたしになった。

    祖父の病気は治る見込みもなく、苦痛を軽減する治療が始まった。免許を取ったばかりのわたしが祖父の介護のため 週に数回、片道一時間の道のりを通った。

    親の死に目に会うのは 今どき珍しい。
    母親と叔母は 二人とも 祖父が他界したときに付き添っていた。死に際は 大きく深呼吸をして そのまま息を引き取ったそうだ。

    幼少期から 人の死を目の当たりにしていると命の尊さや重みを忘れてしまう。

    人の死に慣れるのは怖いものだ。

    祖父が他界した春は、実家の桜が満開に咲いていた。
    まるで島道鉱泉に貢献したことを祝福していたかのように、そしてこの世に存在がなくなることを惜しむように。

    祖父の他界からまもなく  わたしは実家から隣街の上越市で引っ越し働き始めた。
    いつでも家業の手伝いができる場所にいようと思っていたからだ。

    今日も 朝日を浴び 気になることを行動する。
    動ける身体があり 考える頭脳があり 一人前の人間的な感情に浸る。

    にんげんごとで、考えすぎないように
    にんげんごとで、片付けないように
    にんげんごとで、囚われないように
    にんげんごとで、惑わされないように

    今日も 与えられたことを素直に受け入れ 感謝を忘れず 正直なじぶんの気持ちのままに動こう。

    今日も何事もなく過ごせたことに
    与えられた全ての環境に感謝なのだ。

     

    キラキラはるみ

  5. ~近くに存在する修験道の巻~

    Vol.22
    2018年03月21日


    じぶんの気持ちが晴れないときは 何をしていてもつまらない。訳もなく泣きたくなったりイライラしたりふいに切なくなったりする。

    東京生活も3年を過ぎた頃 家の事情で 地元 糸魚川市に帰るか、帰らないか考えていたときは さすがに参ったことを覚えている。

    寝れない日が続き 精神や身体の疲れも重なって 夜な夜な、金縛りになることが多くなった。仕事中、人影がうろうろ、後ろ髪を引かれ、何かを言いたいような気配を感じて 毎日、苛立ちとモヤモヤを隠すのに苦労した。

    決心が鈍る原因は、都会暮らしが合っていたことと、仕事が楽しかったこと、将来を約束していた相手がいたこと

    自己犠牲に見える行為も じぶんのために使わされたことと捉えたら納得がいく。
    でも、その当時は じぶんの楽しみや喜びを奪われてしまうのではないか?という闇がわたしの意識や身体を覆っていた。

    にんげんごとで、考えると すぐ行動できない。
    でも てんごとで感じると自然にわかる。

    案の定、悩み、迷ってしまい具合が悪くなり 持病の気管支が悲鳴をあげ 体調不良で 仕事が出来なくなり 渋々 泣く泣く 実家に帰った。
    体調を崩したのは わたしが行動しないでいたからだと気がついたのは 地元に戻ってからのことだった。

    わたしの人生は いつもそうなんだ。愉しいことと辛いこと、嬉しいことと淋しいこと、面白いこととつまらないことが 交互にやってくる。

    今までは そうだった。
    でも、7年前に 島道鉱泉に帰ってきてからは違った。
    楽しい 嬉しい 面白い 喜び 癒し 幸せな気持ちで、満たされている。

    今まで生きてきた 毒が出切ったから 愛しいひとがいるから いろいろな理由がある。

    心の傷も身体の傷も じぶんのための勲章。いろいろなことを乗り越えてきた証。
    まだはっきりしないけど まだスッキリしないけど まだなんとなくだけど きっとそうだ!と感じる。

    島道鉱泉は山奥、バス停まで 徒歩30分 わたしの足なら 軽く一時間はかかる場所に位置している。
    バス停からの道のりは川が流れ田んぼがあり人や車はたまにしか出合わない。

    そんな修験の道を歩いて 最後が難関の坂道。見上げるとどこまで続くかわからない木々の生い茂る坂道が聳え立つ。
    深呼吸したら 空気が変わるのが分かる。風を肌で感じながら 自然界の中に挑んでいくイメージ。

    『坂道を運転できれば 試験なんて必要ないなぁ~』と他界した祖母がよく笑いながら言ってたなぁ。

    わたしの人生は いつも何かの流れに乗り 宛もなくさ迷う。流れ流れて どこかか分からないところに辿り着く。人生は浮き草のようなものだ。
    スイスイ流れて、いつもちょうど良い時期に、ちょうど良い感じで、行きたい目的地に到達する。

    それは 波瀾万丈か? 波乱万丈か?わからないが
    一件 大変なことが 実はじぶんの生きることには必要なことが多い気がする。

    じぶんの気持ちひとつで じぶんの心根ひとつで、どんなことも、どんな状況もあ天の配剤なんだと思うことができる。

    わたしは幼少期から 目が不自由で 呼吸機能障害で闘病生活をしているが、病気だという意識がなく 他の人と違うだけなんだと冷静に考えている。

    性格が かなりしつこく だいぶキツく 結構淡白で 意志が強いので 病気でも 大丈夫だと思う。でも もし健康な身体で 目がよく見えていたら 優しさや甘さや穏やかさは少なかったと思う。

    だから 病気をして良かった。原因不明で治療方法がわからない病気でも、まだ、こうしていられるから。こうして、生きていられるから。

    根本は、悲しいことや辛いこと 苦しいこと 切ないことがあっても その状況は いつまでも続かないって 信じてるからだと思うけど やっぱりまわりに支えてくれる存在がいるから強くなれるのだと思う。

    魂は 何らかの役割をもってこの世にきたとしたら
    その役割が何なのかを知れたら わたしは 魂の役割を果たせる環境を与えられたらわたしは、迷わず それを選ぶ。

    にんげんごとで見れば なんてつまらないこと

    てんごとで視れば なんて面白いこと

    どんなことがあっても
    生きていればいいんだ!
    生きていれば何とかなる!
    生きていれさえすれば何かを成し遂げられる!

    わたしは まだ 生きる。
    幼少期 夢描いたことを現実にするまで 生きる。
    じぶんの目的を果たすまで 生き抜くんだ。

    じぶんが じぶんらしくキラキラと輝いて
    じぶんの まわりにいる存在が キラキラと耀いて

    それぞれの魂の役割を知り その役割が何なのかを確信し それに沿って行動できれば 見たことも感じたこともない現実がやってくる。

    今日も じぶんの役割を確認して
    今日も じぶんの大切な存在のために働く
    今日も 天の配剤を素直に受け入れ
    今日も 心からの感謝で終わる

    与えられた全ての環境に感謝、感謝なのだ。

     

    キラキラはるみ

  6. ~愛と勇気と正義の巻~

    Vol.21
    2018年03月20日


    お金は形あるもの。 その形ある現実世界に捕らわれ 囚われているときは 見えない精神世界の気持ちや感情の思いが揺れ、悩み、迷い、狂い、そして正しい判断が出来ないときがある。

    人はなぜ見える物質世界に捕らわれて 気持ちを変えるのだろう。
    ひとはなぜ見える物質世界を信じて なにも知らず動くのだろう?

    たかがお金 去れどお金。
    じぶんのためには躊躇なくお金を使うのに
    ひとのために使うときは躊躇する。

    じぶんのために躊躇(ちゅうちょ)なく、ひとのためには躊躇(ちゅうちょ)する。
    文字が同じを使うのに 意味や内容やニュアンスが、全然違うから不思議だ。

    同じ言葉でも ほんとう、ほんものの意味や価値が判る人っているのかな?
    ほんものの正義とは、ほんものの勇気とは、ほんもの愛とは何だろう?

    じぶんを犠牲にして正義を示せるか?
    じぶんが悪者になり勇気を振り絞れるか?
    じぶんを棄てて無償の愛を注げるか?

    犠牲になったり 悪者になったり 棄てるときがたくさんあっても、結果的に、最終的には
    嬉しさ 愉しさ 喜びに繋げていけば 生きている価値、生きていける望みが湧いてくる!

    日々の生活の中で、
    何気ない中に大事なことがあり さりげない中に大切なことがある 一見、なんともなく感じることが 実は とっても重要なのだ。

    ひとりじゃないって 素晴らしい!
    ひとりじゃないって 凄い!
    ひとりじゃないって 嬉しい!
    ひとりじゃないって 幸せ!

    当たり前に過ごしている、当然のことと思っている、どうでもいいと考えてることが、じつは、ほんとうは とても大切で 必然的で 奇跡的なことなんだ。

    今日も 何事もなく 過ごせたことが当たり前じゃないんだよね。

    今日も 朝日を浴びて 食事をして 音楽を聴いて 洋服を着て 昼寝して 喋れて 笑えて 泣いて 怒って(笑) 喜怒哀楽の感情がどんどん出てきたことが じぶんの生きてる証だ。

    今日も 元気にいてくれたじぶんにありがとう。
    今日も じぶんに与えられた環境にありがとう。
    今日も 明日への課題を示してくれた存在に感謝なのだ。

    キラキラはるみ

  7. ~感動の先には気づきの巻~

    Vol.20
    2018年03月19日


    昨日、妹とチャリティーコンサートに行き そのパフォーマンスの素晴らしさに感動。
    押し寄せる熱い想いと 止めどなく流れる涙が溢れてきて魂が清らかになる時間だった。

    『今日は、来て良かった』
    今日は二人だけでくる流れだったんだね。数日の寒さのせいで、朝から体調不良だったがギリギリまで様子を見て出掛けた。わたしはいつもついてる!ありがたい。

    いつもそうなんだ。一見切ない 大変な状況でも 最後は良い流れをいただく。
    日頃の行いが良いんだな(笑)

    いつもありがたいなぁって思えるのは 身体がちゃんと動いてくれたからだ。
    往復三時間の道のりは 重度障害者のわたしでは、かなり苦しい。

    でも、妹が運転してくれて 鞄を持ってくれて 道案内してくれて 声かけてくれて いつも隣で 気にしてくれてるから わたしは 楽々していられるんだ。

    『今日、杵でお餅ついてきて 無理したら左肩が痛いよ!』と明るい笑顔で話す妹の横顔が とても輝いていた。
    妹も大変な思いをしてコンサートに付き合ってくれたのだから ふたりで楽しめて 本当に良かった。

    ふとっ気がついた。
    今まで、わたしが間違ってた。
    今まで、わたしが変だった。
    今まで、わたしが馬鹿だった。
    今まで、わたしが妹を一番知らなかったんだ。

    今日のパフォーマンスに感激して あんなに涙を流していた素直で、心が綺麗な妹。
    今まで、一番理解できていなかったのはわたし。
    一番、感謝していなかったのはわたしだったって気がついた。

    帰りの車中で『ごめんね。わたしが悪かったよ。許してね。』と涙がポロポロ流れた。
    『なんで泣くの?お姉ちゃんがいてくれるだけでいいんだよ。だからそんなこと言わないで!今までは何も出来なかったけどこれからは、もっと頑張るよ!』そんな妹も また泣いていた。

    妹は いつの間にか、頼りになる姉御になっていた。 賢い女性になっていた。無償で施せるようになっていた。穏やかで健やかになっていた。

    いやっ いやっ 昔から そうだったんだよね。
    損得を考えず 欲がなく どんな人にでも 分け隔てなく 無償で奉仕できる妹だったんだ。
    じぶんを犠牲にしてきた健気で優しい妹だったんだ。

    今日のチャリティーコンサートに参加して気がついた。気づかされた。今、気づいた。ようやく気づいた。愚かなわたし。 でも今日、気がついて良かった。 気づかないまま死んだら後悔してたなぁ。

    いつも一緒にいてくれて わたしの傍にいて、屈託のない笑顔で どんな頼みことも快く引き受けてくれる。そんな妹の存在に感謝が足りなかった。

    今日も、たくさんの気付きと学びがあり その環境をいただけた そこに生きていられたことに感謝だ。

    今日も生かされて 今日も頑張って生きていれて良かった。
    改めて、与えられた素敵な奇跡と 素晴らしい必然的な出来事に 感謝、感謝なのだ。

    糸魚川市在住
    二代目高橋竹山様
    https://www.chikuzan.jp/

    追伸
    高橋竹山さんは、やはり島道鉱泉と繋がっていた。
    喜作で 繊細で キラキラと清らかなオーラを放ち とても素晴らしいエネルギーを持ち合わせていた素敵な女性だった。

    コンサート中は 涙がボロボロ流れてきた。

    初代 高橋竹山様の目の不自由の話、二代目高橋竹山様の三味線の響きが、瞽女さんと重なり 異次元の世界に浸った時間だった。

    キラキラはるみ

  8. ~彼氏と妹との三角関係の巻~

    Vol.19
    2018年03月18日


    東京でのスーパーマーケット務めは ハードスケジュールだったが、遣り甲斐があり 毎日充実していた。中でも 印象に残っているのは妹が専門学生の頃、わたしの勤務地にアルバイトに来ていたことだ。

    姉妹で、休みを合わせて 東京ディズニーランドに遊びにいった。 その当時わたしの付き合っていた彼と三人でのデートは とても楽しかった。

    若い頃からなぜか?わたしが付き合う彼は、妹をよく可愛がってくれる。ご飯を食べに行ったり、お誕生日のお祝いをしてくれたり、三人デートが当たり前だった。

    今の夫もそうだが、わたしの気に入る人は決まって純真無垢で無邪気 小さいことは気にしないおおらかでマイペースそして優しく情熱的な性格。
    そんなところは、妹に似ている。
    やはり似た者同士(笑)が集まってくるのかな。

    わたしの危機のときは、妹はわたしの傍にいてくれる。そして助けてくれる。 小さい頃のあどけない面影をそのままに 無邪気で純真な彼女は 昔から変わらない。

    夫をはじめ 知人も友人の共通点は 純真無垢、無邪気、おおらかでマイペース 気は優しく 情熱的(笑)。

    そんな人たちに囲まれ 過ごせることは当たり前じゃない。当たり前のことは実はとても重要でありがたい。

    今日も 素直な気持ちでいれるように
    今日も 心の底から笑えるように
    今日も 心の内を語れるように
    今日も 元気でいられるように

    与えられた全ての感謝に感謝なのだ。

    キラキラはるみ

  9. ~働ける場所がある感謝の巻~

    Vol.18
    2018年03月17日


    会社の女子寮を出て一人暮らしを始めたわたしは橋を渡ると東京都の場所、浦安市に住んでいた。

    スーパーマーケットの朝は早く 9時~22時まで働いていた。その当時、14万弱の給料だったが 毎日仕事にいくのが楽しかった。

    昔から 仕事大好き人間だったわたしは、休みでも勤務地に遊びに行き 生鮮の手伝いに行きパック詰めや掃除をしていた。

    じぶんのからだで働いて稼いだお金で生活する、まさに、わたしのやりたかった自立だったので 毎日が愉しくて仕方なかった。

    レジのチーフの役職の頃は昼食時、従業員のリクエストに答えて 味噌汁をつくったり たまに店長の大好物 すいとんやお好み焼きを作り ビックリされた。

    小学、中学、高校と調理の経験があったお陰で 社会に出ても苦労しなかったのは やはり厳しい躾のお陰だなぁ~と思っていたものだ。

    スーパーマーケットの仕事は いろいろな作業があり、仕事時間は長くても 内容が充実していたから全然、苦しくなかった。

    また 毎日、働けることの嬉しさや 働く場所があるありがたさ 働いていただくお給料があるだけで 遣り甲斐、やる気に繋がった!

    また人間関係も良好で 店長、次長、従業員の人は みんな気のいい人たち アルバイトで入社した高校生と付き合うことになったときは ある意味、新鮮で また楽しかった。

    今日もわたしの傍にいてくれる人がいて
    今日もわたしの傍で動いてくれる人がいて
    今日もわたしの傍で笑ってくれる人がいて

    わたしは、ひとりじゃない
    わたしは、ひとりきりじゃない
    わたしは、ひとりぼっちじゃないって感じる。

    今日も 与えられた全ての環境に感謝なのだ。

    キラキラはるみ

  10. ~厳しい躾ありがとうの巻~

    Vol.17
    2018年03月16日


    高校の時の教師、狸みたいに愛くるしい担任から『お前は人と違って変わってるんだから都会に行って教養を身につけたらもっと人生観が拡がるぞ!田舎に籠るのは勿体ないよ』と言われた言葉は 今でも印象的だ。

    教養を身につける なるほど、ようするに都会に行って磨かれてこいということだな!とわたしは、進学せず就職した。

    なぜ就職したのかというと学生の時から自立を目指しお金を稼ぐことを夢見ていたからだ。

    せっかくなら一度は都会で働いてみたい!家族はわたしの体を心配して関東行きは大反対。それでも何度も交渉して東京での就職先を決めた。

    地方出身のための寮があったので、わたしは葛飾区青砥寮に入った。その時の出逢った彼女との交流を深め、今ではかけがえのない親友になった。

    新入社員研修は1ヶ月間。さすが大手スーパー教育が違う。朝はドアを開いたときから始まり 挨拶の声が小さい人は研修室に入れないくらい厳しかった。

    毎日の夕方の3分間スピーチでは5人ずつ前に出て喋らないと帰宅出来なかった。研修が終わる頃には半分くらいの新入社員が辞めていた。挨拶ができない、協調性がない、度胸がないと続かない柔な人がたくさんいた。

    あのスーパーでの新入社員研修のときも 実家での躾のお陰で楽にこなせた。当たり前にやっていたことが社会に出て役立つとは、やはり現実に見せられないと解らなかった。

    学生の頃  祖父母から 社会学、人間学を勉強しろ! これからは大学を出たけれども就職できない時代が来ると言っていた。

    仕事をするようになり色々な人間関係を経験して実践しながら勉強した。人の感情、心情、思い、念、気持ち。

    スーパーマーケットの仕事は勉強になることばかりで、レジだけでなく、経理、青果、鮮魚、惣菜、色々な部署で働いた。そこで働く人の人間模様も また勉強になった。

    一度目の島道鉱泉へ変える流れになったのは就職してから、三年目の夏だった。

     

    今日も気の合う人と未来のビジョンを語って じぶんの過去を開放した。ありのままのじぶんを ストレートに表現していかたらいいなぁ

    今日も無事過ごせたことに 今日も何事もなかったことに   今日も正しく機能してくれた頭脳に 正しく動いてくれたじぶんの身体に、与えられたすべての環境に感謝なのだ。

    キラキラはるみ

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