kirakira-harumi

6歳で眼、気管支の病気を発症。 闘病しながら小学校養護施設で暮らす。 幾度もの余命宣告と失明宣告を受け続けるなかで、病気と向き合いじぶんらしく生きるスタイルを確立する。 2012年、精神世界の特殊能力者と運命的な出逢い、一緒に糸魚川市へ移住。 古き良き昔ながらの湯治場を再生するため、家業である『湯治場・島道鉱泉』を引き継ぐ。 『ぬながわサロン』をフル活用して 精神 肉体 エネルギー疲労で 悩み苦しんでいる人たちに癒しを与え、生きる希望、生きて行く糧 生きる価値の提案、環境を推進している。 癒しのパワースポット島道鉱泉 四代目当主 島道鉱泉株式会社 代表取締役社長
  1. ~ませたガキの巻~

    Vol.12
    2018年03月11日

    中学三年、熱血教師に出逢った。大卒上がりの教師は意気揚々でいつも笑顔だった。わたしの楽しみは新任担任をおちょくり似顔絵をプレゼントすることだった(笑)

    その担任はいつも一生懸命で多感な私達を真っ直ぐ相手をしてくれたので中学三年になってからは、学校に行くのが楽しみになった。

    わたしの描く担任の似顔絵をみて 友人たちは、他の教師もリクエスト。皆、個性があり特徴的なので描きやすく、似てる、似てると誉められた。

    今でも覚えている担任とのエピソード。

    『はるみは、一丁前な口を言うよな(笑)大人みたいだなぁ』
    『先生、タジタジだよ』

    その教師がしていた赤のネクタイをみて
    『先生、赤いネクタイ似合ってますね!今日は特別な日ですか?』と声をかけたからだ。担任は、丸い大きな目をクリクリさせて笑っていたものだ。

    素直に自分の気持ちを言うと、相手をビックリさせるようだ。
    正直に伝えてるだけなのに相手は恐縮するみたいだ。それが誤解を生まないよう細心の注意を払う。

    熱血な教師だから、赤色が とても似合ってた。参観日や保護者会議のときは 青色ネクタイだった。そのときの行事で色を変えていた そのお洒落な担任は中学校時代の一番、印象的な人だった。

    日々 過ごす時間のなかで、人間事で感情が揺れ共鳴することがある。そんな時は 自分の良い箇所、悪い箇所を、冷静に考えてみる。落ち込んだり逃げ出したら また同じことの繰り返しで、次は、もっと酷い出来事が訪れる。

    悪を憎んで、人を憎まず。

    見せられた現実世界と見えない精神世界が繋がっていることを再認識した。

    今日も、無事に過ごせたことに感謝しよう。
    今日も、大きな声を出せて 笑顔で居られたことに感謝しよう。

    キラキラはるみ

  2. おにぎりは愛だ!の巻

    Vol.11
    2018年03月10日

    中学校の頃、週に一度の喘息注射と、二週間に一度の眼科受診に通った。

    眼科の受診日は、母親を独り占めできた唯一の時間。お楽しみは母親の握ったおにぎりを車中で食べること。

    今でも 母親の握るおにぎりは最高!!食べる横で『お前は、おにぎりを食べたから長生きできたんだぞ!』と母親は言う。

    確かに、、、そうかも。
    発病時、酸素テントの中で、養護学校の病棟の布団の中で、入院中の外泊先の青空の下で、眼科受診の車中で、決まって母親の梅干し入りのおにぎりが登場してきたっけ。

    いつ食べても、何度食べても、甘い白米と塩が利いた酸っぱい梅干しのおにぎりが良い。母親のこだわりお取り寄せ海苔の相性が素晴らしくて!『なかなかやるね。お母さん、おにぎりとっても美味しいよ!!!』

    そんな時は、大自然のエネルギーの強さを感じ、母親の奥深い愛と父の雄大な愛に感謝した。

    幼少期から口癖にしていた『わたしご飯と味噌汁だけでいい、おかず要らない』は、実は口癖ではなく、ほんもののご飯と味噌を食べていたからだ。おかずが要らないくらい本当に美味しいものを口にしていたからだ。

    やっぱ、一人っ子ひとりいない自然の中で育った米は最高だね。
    お水が冷たくて朝夕の寒暖さが違う場所で作る米はひと味違うよね。

    難病指定されている眼も奇形になった気管支でも、虐めにあっても、誤解されても、ひねくれもせず、前向きに、ただひたすら生きてこれたのは、すべて島道鉱泉の聖地で育んだ愛に守られ、支えられ、助けられていたんだね。

    当たり前に食べていたおにぎり。当たり前に口にした山の幸。
    畑で収穫する野菜や季節ごとに採れる旬の山菜は、実は当たり前じゃないんだ。

    何千年何万年何億何年の積み重ねの大自然のエネルギーをいただき、計り知れない愛に包まれていたのだ。

    人間ばかりに気を取られ、見えない世界に気づかなかった。 物質世界だけに感謝するんじゃなくて、自然をはじめ精神世界に感謝しなくちゃ。
    人間関係に囚われず、もっと広い視野でまわりを見渡さなくちゃ

    島道鉱泉の聖地で暮らしてる人はいつもナチュラル。自然界は知らないうちに人にエネルギーを与えてくれる。
    だから肉体と精神が癒され気持ち良くなるよね。だからみんなあんなに気がいいんだ。
    だからみんなあんな風に笑えるんだ。
    だから小さいことは全然気にしないんだ。(笑

    わたしのまわりで奇跡が起きる。島道鉱泉を訪れる人は皆んなそうなんだ。昔から。みんなそうだから。

    あとは、自分次第。 意識が変われば身体が変わる。身体が変われば行動が変わる。行動が変われば結果が変わる。

    動けない島道鉱泉と動ける島道鉱泉(主人)が揃ったら後は時間の経過を待つだけ。

    天が見ている。天が見守っている。天が見定めている。天が見送っている。天が味方してる。天の配剤がやってくる。

    これからも 自分の直感を信じて
    『生きる』ということにこだわって 自分の可能性を諦めないで。

    今日も、この世で関わり支え守り励ましてくれる全ての存在に

    見えない存在に、感謝せずにはいられない。

    キラキラはるみ

  3. 島道鉱泉臨時休業のお知らせ

    誠に勝手ながら 3月25日(日)島道鉱泉 臨時休業とさせていただきます。申し訳ございません。

    ぬながわサロン カミサマセミナー開催日

    勇吉先生より 直々に依頼を受け ケアのお手伝いに伺います。

    依頼というより 押し掛ける(笑)が正しいかもっ?!

    SBMインストラクターの資格があるので、見えない世界のことを、勉強しなくちゃ

    勇吉先生は、わたしの師匠(本人は弟子は要らないといっています)なので、是非とも 師匠の糸魚川市初のセミナー参加しなくちゃ

    勇吉先生は、超凄い特別な能力の方なので、わたしは、足を向けて寝れません。これっ真面目な話、、、

    何度、命を救ってもらったか?数知れずです!

    勇吉先生の大、大、大ファンの島道鉱泉お客様  番頭候補の方も、急遽、参加なので ふたりで駆けつけます~

     

    本日の島道鉱泉坂道の積雪量は 1㍍あまり   今日は、冷たい風が吹き荒れていました。

    島道鉱泉と糸魚川市街は別世界です。

    カミサマセミナーで 熱いエネルギーをいただき 島道鉱泉の雪を溶かしてもらおう~

    そして、春からの営業に向けて さらに頑張るのだぁ~~

    3月25日(日)    その日から 何かが始まる予感❤

     

    島道鉱泉監視人

  4. ~辛く切ない時代の巻~

    Vol.10
    2018年03月09日

    愉しいことが過ぎると、脱力感に見舞われる。
    そんなときは決まって安静にしていた。
    白い布団に、白い壁、看護婦さんの制服も白だから、真っ白な世界。
    ゆっくり、のんびり、居心地のいい空間だった。

    毎日、規則正しい生活を余儀なくされる病院は、健全な肉体を作るだけでなく、精神を養う場でもあった。

    毎朝の検温と血圧、時々の採血は、寝ぼけているうちに終わっていた。
    朝食までの時間に、顔を洗い、歯磨きをして、吸入治療。
    朝食の後の薬服用で、身体が怠くなる。
    授業の鐘が鳴りはじめてから、病室を出ても 余裕で間に合う距離に教室があり、便利で楽な通学路だった。
    呼吸困難のわたしは、時間にギリギリが命取り。
    早歩きで、息が上がり、走ったら酸欠。
    基本、他の人とは歩く速度が違うので、一緒に行動できない。
    身体を鍛えるための毎日行われた合同喘息体操は、呼吸困難のわたしには、身体を鍛えると言うより命が縮まるくらい苦しい試練の時間だった。

    一番好きなのは、安静時間。
    その時間だけは、誰とも話をしない、静かに過ごせる至福のときだった。

    今でも、現実から逃げ出したくなるときは、病院に入りたくなる。
    わたしにとっての病院は、第一の故郷であり、ゆっくりできる憩いの場所。

    小学校を卒業を期に、地元に帰った。幼少期に地元を離れたわたしの目に映る景色は曇っていた。

    地元の学校に通い始めたが中学時代は、ほろ苦く切ない思いでばかり。

    体育時間や昼休みのドッチボールは決まって見学、写生大会は目が眩しくて、外に出るのが嫌だった。
    毎日のバス通学は酸欠になり、学校につく頃はへとへとになった。

    中学校の同級生のみんなが気を使ってくれた。
    『はるちゃんは、無理しないで休んでてね』の言葉が、みんなと自分とが離れている気がして悲しかった。

    多感な時期は どんなことにも敏感で、感情的。中学校生活は、悲しい、悔しい、辛い、切ない涙が 多かった。

    養護学校から地元の学校に通っていても、他所から来た転校生の気分で、自分勝手に孤独になり同級生と中々、馴染めなかった。

    そんな過去の闇がかりな感情(笑)を思い出しているわたしも、今では 本当の自分を知ることが出来てるので幸せだ。

    今日も気の合う人に逢い充実した時間を過ごせたことに、愛する人がいることに、与えられた全ての環境に感謝なのだ!!

    キラキラはるみ

  5. ~アイドル時代の巻~

    Vol.9
    2018年03月08日

    小学校中学年  入院生活をしていた わたしの楽しみは 芸能人の真似事

    その時代、流行ったのは、歌って踊れる二人組

    その真似事をするにしても     わたしにとって、かなりハードルの高い 過酷な 楽しみ

    華奢でスマートな わたしは いつも、ケイちゃん役

    ミーちゃん役は やりたい人が、何人もいて その度に  違っていた

    『どうせやるなら、完全物真似!!』を合言葉に

    ミーちゃんと お互いの時間をあわせて 繰り返し 繰り返し 何度も 何度も 練習した

    綿密な準備期間は じぶんたちの自画自賛で 歌や踊りを、日に日に 上達させた

    いよいよ 待ちに待った お披露目の日

     病棟では 年間行事が目白押しだった

    闘病生活の子供たちの楽しみのひとつ お楽しみ会

    お誕生会  ひな祭り こどもの日 クリスマス会などなど

    その恒例行事、お楽しみ会に向けての猛特訓だった私達、汗水流した練習も、あっという間に本番の日になった

    お楽しみ会集まったのは7病棟のみんな   その、みんなの顔を じゃがいもやトマトの野菜に見立てて 手のひらに人を3回書いて飲む

    昔 祖母に教わった緊張をほぐすおまじない 全然効かない

    でも、緊張よりも  自分達の 頑張って 仕上げた成果を確かめたかったから まぁ大丈夫

    いよいよ、集まっている 野菜たちから 拍手が、、、

    拍手、聞いたら 急に 緊張してきた  ヤバいっ  どうしよう?  目が霞んできたっ  呼吸が、乱れてきた気がする!!  わたし、チャンと歌えるかな?    マジで、踊れるかな?  あ~やっぱり止めようかな?

    ミーちゃんの緊張が こちらにも伝わり マイナスの思考に変換し、 負の迷宮の扉を開けたくなる

    頭を 大きく横に振り  闇のエネルギーを振り払った

    いやっ!!ダメダメ  逃げちゃ駄目だよ!! 楽しまなくっゃね !!   やる前から 諦めちゃいけないよ!!

    今での練習通りに、いつもの通りに リラックス~  リラックス~  開き直れば 怖いもんないよね!

    一息 腹式呼吸をしてから、横を見る       緊張で、顔が 強ばる ミーちゃんの背中を トントンと軽く叩き、わたしは 軽く微笑んだ

    ミーちゃんに 優しく 声をかけた『大丈夫~ いつもみたいに~   練習のときみたいに、気楽にやろうよ~二人だったら きっと上手く行くからね』

    音楽が、始まり   一瞬、頭が真っ白になったが、自分を落ち着かせて もうここまで来たら  当たって砕けろ!! 『よぉし頑張るぞぉ~』心の中で叫んだ!

    とにかく、笑顔を忘れない

    少し振付が違っても、見ている みんなは気がつかない

    ちょっと歌詞を忘れても、得意の笑顔で誤魔化した(笑)

    目が霞んでも   途中で息が苦しくても    みんな、手拍子くれるたび みんな、笑ってくれるたび

    わたしの心が 喜んで わたしの身体が 喜んで  益々 元気に踊れちゃう

    みんなが歌った みんなで踊ったみんなが ひとつになって 笑ったみんなが 一緒に喜んだっ

    終わった途端 アンコール

    意外な反応に、ビックリ!!

    ミーちゃんも わたしも 苦しかったよね   でも、苦しくても やりきれたね 最後のアンコールで 苦労も 吹き飛んだ~~

    踊って 息苦さの汗を流したけど、大満足して 感謝と満足と達成感の涙が流れた

    私達の出し物を楽しみしていた仲間たち、私達の物真似を期待していた仲間たち

    自分達だけが 頑張ったんじゃなくて、自分達が辛かったんじゃなくて

    みんながいてくれたから 拍手をもらい 讃えてくれて 喜んでくれて 笑ってくれたから

    人に感謝、だいじ  ものに感謝、だいじ  見えないところで 動いてくれる存在のお陰で 私達が 拍手喝采を浴びれてるんだなぁ

    躍りが終わり 衣装を着替えているとき  改めて 達成感と安堵を味わい また、感謝の涙が流れてきたとき   改めて みんなのお陰で スター気取りで 物真似出来たことに気づいた

    『自分が、楽しいことしてたら、病気は どこかへ 行っちゃうよ !!』

    『自分が、面白いことしてたら 病気が 逃げてくよっ !!』

    小学校中学年の頃   夜の金縛りから、解放されていた わたしは     ちょくちょく 出てくる 妙に 前向きで ちょっとノリのいい  内なるメッセージを感じていた

    そんな どこからともなく  感じる気に 促され    とにかく  楽しいことをやってみよう!!   嬉しい ことしてみよう!!

    毎日の管理された生活に、飽きないように

    辛い治療には、負けないように

     いつも襲ってくる 淋しい 切ない気持ちに 落ち込まないように

    お楽しみ会は 大盛況で幕を閉じ 合同写真撮影で ミーちゃん&ケーちゃんは、中央で 満面の笑みを浮かべた

    それから、まもなく  ミーちゃんが、退院してしまい  私のコンビは解散

    わたしのアイドル時代は 呆気なく終わった

    こうして、 わたしの小学校中学年のキラキラ耀いているアイドル時代は 幕を閉じ お笑いの道を歩むことになる

    懐かしい あの頃の みんなは まだ 生きてるだろうか?

    お楽しみ会に、参加した みんなは 元気でいるだろうか?

    わたしは、余命宣告をしていた主治医が 他界した   お医者様より 長生きしてる

    今日も 感謝なくては 語れない

    朝日が 上る頃 目覚め  夕陽を見送り  1日一食の食事をする

    ブログを書くようになり 規則正しい生活になった

    改めて    島道鉱泉ホームページ作成関係者の皆様  ありがとうございます。

    今までも わりと 元気でしたが 遣り甲斐 生き甲斐ができて もっと元気になりました。

    わたし これからも コツコツ堅実に 確実に 着実に マイペースで、書き続けて参りますので どうぞ 宜しく お願いします。

    今日も わたしに関わる全ての存在に感謝を言わずにいられない

    キラキラはるみ

  6. ~感謝の先には?の巻~

    Vol.8
    2018年03月07日

    毎日、妹から LINEが来る。今日も 生きているか?死んでるか?の安否確認だ。

    余命宣告された病人を持つ家族は、精神と気が強くなる。また 強くならないと心配で、心配で死んでしまうだろう。気が弱くて泣き虫の妹は、わたしの近くにいて毎日、泣いている。だから強くなって欲しい。わたしがこの世に居なくなくなっても生きれるように。でも私は長生きしそう。愛する人がいるから。いなくなれば判らないけど。妹も私と近い遺伝子だから強いけど、彼女は弱いふりをする。だから毎日、彼女と関わり感じたことをLINEしてる。私の場合、家族も他人も敬語。妹は馴れ馴れしい。彼女は、悪気がないが私は馴れ馴れしいのが嫌い。でも妹の大雑把が大好き。昨日、妹にあてたLINE。

    精神学協会

    『神を越えよ!仏を越えよ!積哲夫の言葉』https://www.godbrain.com/gb/shinlogy/magazine_2/

    インタビュアーの何田匡史さんのリクエストにお応えして

    自分の人生
    記憶している頃から 書き出すといいですよ。

    わたしの人生は 涙が出ることばかりでした。

    それは、悲しい、辛い、苦しい、切ないという 涙もありましたが

    嬉しい 生きていて良かった という 喜びより 歓び 慶びの涙のほうが 大部分を占めています。

    感謝の気持ちがなければ、満足感は ありません。

    満足がなければ 達成感は ありません。

    達成しないのは、感謝の気持ちが 足りなく

    または、気持ちがないので、行動が伴わない 結果になります。

    感謝→満足→達成

    人は 納得しないと 動かないです。

    動かない人は 感謝の気持ちが 足りない人なのです。

    今日 関わってくれる人がいて

    声をかけてくれる人がいて

    自分のために 必死になってくれる人がいるということは

    当たり前では ありません。

    これからの時代

    感謝の気持ちが 足りない人は 生き残れません。

    生きていく場所を失います。

    住む場所を 確保したければ 自分らしく
    生きたければ いつも、常に、いろいろな存在に対して 感謝の気持ちを忘れず いることです。

    健康な、身体に生んでくれた親に 健全な肉体を維持している自分に

    なにより やるべきこと見つけられたことに 感謝ですね。

    わたしには 親がいてくれて 姉妹がいて くれて 主人がいてくれて、その存在
    が この世に 生きていてくれてるだけで 感謝です。

    また 明日も 気楽に、過ごせるように お互いに、努力しましょう。

    今日も あなたの 貴重な時間を費やしてくれて ありがとうございます。

    また、明日も 一緒に 笑いましょう(笑)

    キラキラはるみ

  7. ~闇の先には光の巻~

    Vol.7
    2018年03月06日

    ~闇の先には光の巻~

    闇がかりな彼女の一件は 実は 自分の闇だと 気が付いたのは それから 1年後の 新しい養護学校付の病院に 移った頃のことだった

    わたしの悲しさ 寂しさ 苦しさと 同室の彼女の気持ちが重なり 金縛り 夜な夜な聞こえる 声の主などが 入り交じり
    いろいろことを 現実化したのではないか?と 思ったのは、小学校中学年の角膜移植手術後のことだった

    手術中は、螺旋階段を上ったり 下ったりを 繰り返している映像をみた

    『全ては じぶんの中にある』
    『全ては 自分で 発してる』

    手術後 麻酔から覚め 激痛と一緒に
    『今のままじゃ死ねない』
    『自分の役割を果たすまで』

    そんな、メッセージが 頻繁にきていたのが、小学校中学年

    なぜか いつも、島道鉱泉の高台にある風景を思い出し 祖母が 作ってくれたブランコを 姉妹3人で 仲良く 遊んでいる姿や 高台の場所から見える山々や川のせせらぎを思いだし また、あの場所に帰りたい あの景色を 自分の目で見たいと

    その思いだけが、あの頃のわたしの唯一の支えだった

    検査と治療の繰り返し 薬の副作用に耐えるのが 大変だった でも、一日も早く 退院することを目標に どんな難しい検査も 辛い薬投与も 歯を食い縛りながら 我慢した

    そのかいも虚しく 主治医から宣告される入院継続の話は 春めいた季節とは裏腹に、わたしの心を寒く凍らせるほど 切なかった

    その直後は とても、笑顔でいられない
    誰もいない 病院の中庭で 声を出して 大泣きした それでも 気が清まないときは 空に向かって 文句を言った

    『わたし 絶対諦めないぞ~ 誰がなんと言おうと長生きしてやる!!!! 運命の人と 結ばれるまで、絶対 生きてやる~ 負けるもんか~ 覚えてろよ!!』と 肉声で 誰に対してか よくわからない 独り言を 思いっ切り 大きい声で 発していた

    あの時の渾身の力を込めて 言い続けたことが 今日に繋がっていること、最近になり よく判る

    特殊能力を持っている主人に出逢えたことが、奇跡

    『俺といたら 長生きするよ』と、屈託なく笑う主人の笑顔に癒され と、同時に
    なぜか島道鉱泉と重なる

    ほっこり ゆったり 安心できる主人と 島道鉱泉が 繋がる

    こうして 島道鉱泉ホームページで、発信するのも 何かの縁

    わたしを 支え 励まし 助けてくれた主人をはじめ 家族のおかげ

    いつも 笑顔で 一緒にいてくれる

    今日も わたしと関わってくれた 全ての存在に感謝だなぁ

    キラキラはるみ

  8. ~闇からの脱出の巻~

    Vol.6
    2018年03月05日

    毎日 右の頬っぺたばかり 叩かれていたら そのうち まわりから、気づかれたら また、ピンタの刑が 長引くじゃん

    へんてこりんな理由で ピンタの数を増やしてくる 闇がかりな 同室の彼女

    そのうち、めんどくさくなり たまには、左も 叩けばいいじゃんと 掛け合ってみたら 生意気だ!!と 思い切り 叩かれた~

    『今までで、一番痛かったじゃん!!』と、心の中で 叫んだ。

    次の朝、わたしの右の頬っぺたは、腫れ上がり 口の中が、切れたから 痛みと食欲不振で、憂鬱だった

    不調なわたしを 見た、同じテーブルの4つ上の先輩が 『はるみちゃん、どうしたの?』と聞いてきた

    『なんでもないです。。。』

    食堂の席の斜め前に座る 闇がかりな 彼女は、いつものように 睨み付けていた

    『あぁ~また 明日の朝 ピンタの回数、増えるじゃん 関わらないでほしいよなぁ~ しかも、どうしたの?って 言えるわけないじゃん ほんとのこと言ったら 大事になるじゃん』と 心の中で 呟く

    わたしに 声をかけてくれた彼女は 4つ年上の小児科のお局様的存在。強い眼差しと正義感を持ち合わせている彼女は まるで女神様のようで、いつも わたしを気にしてくれている優しい人だった だから 尚更、言えない 大事になりたくないし、、、 看護婦長にも、目を付けられてるし(笑)

    でも、その女神様は わたしの陰気臭い態度を見逃さず 『誰がに 叩かれたんでしょ? 同室のヤツだね!! 』と いとも簡単に 突き止めた

    『あっ いっ うっ えっ おっ』戸惑いと驚きが入り交じり 唐突な 女神様の言葉に 何とか、答えようとしたけど 何とも言えない気持ちが 先走り わたしは、黙った どんな風な 言葉も 言い訳や 嘘に 聞こえそうで ただ、黙っていた

    『みんなを集めて~ 臨時自治会開くよ~ 真実を追究するよ!!』の一言で 30分後に 4つ年上の先輩の部屋に 関係者が 集められた

    4つ年上の先輩は、6人部屋だった 同室の子や 自治会メンバー さりげなく 遊びに来たふりをしている野次馬も含めて はっきりした人数は うろ覚えだか、たくさん人がいるなぁ~ 15人以上の面子が集まっていた

    闇がかりの彼女を含む 手下の面々は みんな 床に正座をしていた わたしは 先輩と ベッドの上に ふたりで座っていたが、何だか とても緊張していた

    自治会の審判の時が 下されようとしたときの 気持ちは いまでも記憶している

    臨時自治会の課題は わたしの腫れ上がった頬っぺたについて

    『いじめていたなら、同じことを、されるのを覚悟していたんだろうね!! はるみちゃんが、数ヵ月も されていた分 お返しするから、覚悟しなさい!!』と、先輩が 言ってくれた途端、

    『これで、解放されたぁ~全てが終わったんだなぁ~真実が明かされる~』と思った瞬間 ただ、泣けてきて 泣けてきて 涙が ぽとっ ぽとっ ぼと、ぼと、 溢れてきて 止まらなかった

    誰にも言えなかったけど 本当は とてもくやしくて 悲しくて 痛くて 切なくて、、、ムカついて 何回も 殴り返してやろう!!と思ったけど、まて、まて、そんなことしても 終わらないし 病気を治しに入院してるのに、殴りあいは 不味いだろうと

    でも 今のままじゃ 終わらない。
    今の現実は ずっと続かない。
    必ず わたしは 生きて家に帰るんだ!!

    変に真面目で 冷静な自分と 向き合いながら いつか絶対 楽になる!!と その想いだけで 我慢した

    自治会長の女神様は、わたしに、叩き返せと言っていたが、わたしは、首を横に振り

    『叩いた人も悪いけど、叩くのには、いろんな理由があると思うから、叩き返すなんて出来ないです。』

    『叩かれる最初の頃は、なんで わたしが?と思ったけど 叩きたくなる気持ちは判ります。病気と闘ってる私達は、辛い治療や 悲しみや切なさがあるから、誰かに八つ当たりしたい気持ち 解ります。』

    『だからって、はるみちゃんを叩いていいなんて、悪いことだから、そんなの関係なく 叩きなさい!!はるみちゃんが やれないなら、わたしが 代わりに やってやるよ!!』

    『でも、もし ここで お返しに わたしが、 叩き返して 気が済むかと言われたら 気がすまない。 今 ここで、仕返ししても、 辛くて 切なくて 痛かった過去は 戻せないし もしここで、叩いたら 申し訳ない気持ちが 出るから わたしは、叩くことも 殴ることも、今さら 文句を言う気持ちもありません』

    『叩いたら 同じ罪 悪いことだから わたしは 叩くことで返したくない。その代わり もう他の人をいじめないで欲しい。他の人に、意地悪しないでほしい。わたしみたいな気持ちにさせないで欲しい。ただ、それだけです。
    先輩が わたしの怪我に気づいてくれて、審判してくれただけで、とっても嬉しいし もう ピンタの刑が終わると思うと 毎朝のストレスがなくなるのが、助かり。これで、安心して寝れます。』

    最初は、泣きながら 訴えたはじめたわたしの傷ついていた心の叫びは 話が終わる頃には 安堵感で 満たされた

    闇がかりな人達は、リンチもされず 叩かれもせず 無罪放免 その事実を 看護婦長に報告していた女神様に、思わず手を合わせた

    そのお陰で すぐ部屋換えになり わたしは 大部屋に移った

    そのときの自治会を開いてくれた 女神様は 『晴美』という名前だった

    あの頃のわたしと、今のわたしの価値観 思考は 全然 変わってない

    ほんものの 愛と勇気と正義をもち
    、行動していれば 必ず どこかの誰か どこかの存在は 見ていてくれて 必ず 光を照らし 救ってくれるんだ

    あのとき、反対側の頬っぺたも叩いてくれ!!って闇がかりな彼女に言わなければ 大部屋に移り 安心して 闘病生活を送れなかった

    毎日のブログ更新の内容をみていた妹

    『わたしが、はるみさんだったら 耐えれない』 と、泣いていた なんとまぁ弱い人でしょ(笑)

    『乗り越えれる人に 与えられることだから、わたしと重ねたら ダメだよ(笑) わたし 病気は 関係なく やっぱり強いんだよね(笑) その代わり いいことも たくさんあるから ありがたいよね いい人 まわりにいてくれるし 幸せだよね!!』

    今日も、泣きながら、笑い合える人がいる

    今日も、傍にいてくれる人がいる

    今日も、ありがたいなぁと感じれて 良かった

    キラキラはるみ

  9. ~闘病生活の闇の巻~

    Vol.5
    2018年03月04日

    6歳の7月からの、入院から 翌年、4月に県内の養護学校付の病院に移転

    7歳のわたしには、何時まで続くか 予想のつかない闘病生活が始まった

    わたしが出会ったなかで、一際 印象に残っている人は 同室だった 9歳の彼女

    毎朝 わたしの頬を叩いていた彼女は 元気にしているだろうか?

    闘病生活の苦しさを 発散させていた彼女は まだ 生きているだろうか?

    叩かれる理由が へんてこりんな彼女

    『笑顔が、気に入らない』『みんなと、愉しそうにしてる』『看護婦さんに優しくしてもらった』『わたしより先に寝た』とか やたら わたしに 突っかかる

    当時の病院は、建物が古く 蚊帳を掛けて寝ていた 洗剤もコンパクトのタイプではなく ビックサイズを使用

    蚊帳を切られたり バケツいっぱいに洗剤を入れられたり パジャマを捨てられたり

    看護婦長に怒られたとき 『わたしがしたんじゃありません』と言っても ぜんぜん、聞き入れてもらえず、母親にまで 電話したのには、ビックリ!! だった(笑)

    悪質な悪戯の相部屋の 彼女に
    『わたしの蚊帳が切られてたんだけど 何か、知りませんか?』
    『古い病院だから 幽霊の仕業じゃない? 』
    『バケツいっぱいに 洗剤が 入っているのは?』
    『病院で、死んだ人のたたりじゃない?』

    見えない世界を語って 答える彼女の横顔を今でも思い出す

    そういえば、その歴史ある病院のグランドに聳え立つ ポプラ並木の一本に、首吊り自殺した患者がいたと 噂が あったけど、、、

    真実は判らない

    なんで 人は 自分のマイナスの気持ちを まわりに振り撒くのだろう?

    なんで 人は ありもしない偽の話を 信じるんだろう

    なぜ 人は 真実を知ろうとせず そのままにしてるんだろう

    自分が この世に 何かの役割を持って 生まれてきてるとしたら

    この時代に、生きて 存在してるとしたら

    わたしは 何をしよう

    わたしは、見えない世界と 見える世界の狭間で 揺れ動く 人を 誘導することしか出来ないなぁ

    見えない世界を感じ、見える世界で確認する

    今 想うと 7歳の頃の辛く、悲しく、切なく感じた経験は 全て 自分に与えられた出来事だったんだよね

    今日も わたしと一緒にいてくれた人達に 感謝だなぁ

    キラキラはるみ

  10. ~入院生活の楽しみの巻~

    Vol.4
    2018年03月03日

    小学校を休み 入院生活が始まった

    一般病棟 小児科の同室は 病気の重い同い年の子供達ばかり

    毎日、朝の点滴は 看護師さん泣かせ

    毎日 続く点滴で 血管が硬くなるため、朝から 蒸しタオルで 温める作業は、わたしには なんの慰めにもならなかった(笑)

    看護師さんには 2パターンあって

    『はるみちゃん~今日も、一回で 点滴、入れるからね~』の笑顔の素敵な人

    『はるみちゃんの血管でなくて 嫌だわぁ~』としかめっ面の人

    当然 前者は 一回で クリア

    後者は 2回、3回、打ち続ける

    そんな時は 決まって 大袈裟に泣く!

    そうすると、主治医が 飛んできたっ(笑)

    数回 針を指す 看護師さんは わたしのせいにする

    他の看護師さんと 自分の違いを判ってない

    でも、しかめっ面の看護師さんは わたしの点滴には来なくなる

    と、同時に わたしのストレスも無くなった(笑)

    点滴が 終わる時間は いつも 夕方

    呼吸困難の時は 酸素をしながら ベッドの上で、用を足したものだ

    はるみ『オシッコを止めることが 出来るよ~』

    祖母『そんなことしてないで、早くしろぉ~』 と、祖母に 怒られていた(笑)

    その入院生活での唯一の楽しみはというと、一週間に 数回の キャベツの千切りを食べることだった

    気管支 肺 眼の疾患立ったので、食事制限がなくて 良かった

    ただ、祖母の切る キャベツが 乱切りで いつも、喉につまり とても、食べずらかった

    最初は 我慢して 食べていたが やっぱり苦しくて 食べずらくて 段々 切なくなってきて

    自分で 千切りキャベツをすることに決め 思いきって 交渉してみた

    案の定、最初は 断られ 次は 心配され その次は 無理だとか 止めておけとか お前には出来ないとか

    でも、わたしは 諦めなかった

    自分の目的を果たすために 粘り強く 交渉した

    ついに、キャベツの千切りを 自分で 切れる日が来たときは 包丁を手に ガッツポーズしたものだ

    とは言え 眼の角膜を剥がしているせいで 眩しさと ボヤけで、最初は 手探り状態

    初めは ゆっくり 次は 徐々に その次は だんだんと 繰り返し 繰り返し 練習して ついに 納得いくものが出来た

    数ヵ月後のわたしは、左手に点滴 右手に包丁

    小児科病棟で 有名人になっていたのは、言うまでもない(笑)

    誰がなんと言おうと 気にしないで、キャベツの千切りを 食べたい!

    そんな思いが 自分を動かした

    自分が やらなきゃ 始まらない

    最初は、反対して 邪魔していた祖母も 誉めてくれた(笑)

    病室の人達は 誉めてくれた

    同じ部屋の子供達も、自分でやりたい! 自分で 出来る!が 広がった

    みんな 笑顔だった

    目をキラキラと耀かせていた

    最初は 誰も 信じない

    まして 経験していないことなんて

    でも ほんとうのことを知ったら、黙っていられない

    魂のほんとうの役目

    6歳に、キャベツの千切りしていた 幼少期に 気づいていた気がする

    今日も、見えない世界から エールをおくってくれる存在に

    見える世界で エールを送ってくれる存在に

    感謝 感謝 なのだっ

    今日も 生きられて 良かった

    キラキラはるみ

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